動物を使った「娯楽」の舞台裏に思いを巡らせる

   

動物を使ったサーカスや番組の舞台裏を考えたことありますか?

こんにちは!

犬になりたい犬育ブロガーの瀧沢かいるーです。

最近、10時くらいになるとエアコンをつけると習慣づいてきたせいか、
その時間になるとそれぞれ涼しいところでごろ寝してた犬たちがリビングに集合します。

そして早くエアコンを付けろと催促。

え、今日涼しいから良くない?とか言っても犬たちにとっては良いわけがない。

リモコンの前でひたすら待つ。

つけてやったら風を直に浴びながら快眠。

その内、温度下げろとか言い出しそうな気がします。笑

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先日、「ボリジョイサーカス」のチラシを見かけました。

有名なサーカス集団で、犬に始まり、馬やクマ、トラなどの動物を
使っていることでも知られていますね。

わたし、小さい頃一度だけ見に行ったことがあって、
その時は単純に楽しくて感動したんですけど、
ある程度物心ついてから思い返すと、何で動物にあんなことさせてたんだろうって、
すごく不思議だったんですよね。

動物たちが芸を披露してる様子がCMでも流れてますが、
どの子もストレスいっぱいの顔をしててすごく可哀想なんです。

動物たちのこういった表情がわかるようになってから、
動物を見世物にする動物番組も嫌いになりました。
「志○動物園」とか、以前はよく見ていたのですが今は断じて見ません。
先週、絶滅危惧種のボノボのことを放送すると聞いたのでそこだけ見たくらいです。

今回は、動物を見世物にする商売の舞台裏についてお話します。

 

見世物にされる動物たち

先日、よく見る「アニマルプラネット」で、サーカスの動物たちについて
特集した番組がやっていました。

狭い檻に入れられて、出してもらえるのは人間に芸を見せる時と、
その調教の時だけです。

体を揺する常同運動をしたり、自分の体をかじる自傷行為を繰り返す動物も多く、
彼らの内大部分はその一生をサーカスの見世物として終えます。

しかも、常に体罰という恐怖にさらされるのです。

子象に芸を教え込んでいる様子も紹介されていました。

子象の足に縄や鎖で縛り上げて何人もの人間が取り囲み、
棒でつつきながら縄を引っ張って無理矢理伏せをさせたり、
横倒しにしたり、後ろ足で立ち上がって万歳の姿勢を取ることを教えていく。
逆さづりにされている子象もいる。
交尾のまねごとのように、1頭の子象の上にもう1頭の子象を
のしかからせるという、一歩間違えれば大怪我をするようなことも教えています。
実際の交尾でも相手の体重に耐えられず怪我をする像は多いのです。

子象はすっかり怯えきって、最後の方には目が死んでいます。
こうやって無気力になり、人間の言いなりになっていくのです。

また先週見た「志○動物園」の冒頭で、超小型のポニーとMCの3人が触れあいという場面がありました。
本当に小さいポニーで、のんちゃんサイズで本当に可愛いのですが、
信じられないことにMCの一人がその子を仰向けにひっくり返すのです。

馬は本来、自然な状態では仰向けになんてなりません。

不自然な姿勢をとらせて、それを「可愛い」などと言うのです。
見ていて気分が悪くなりました。

同番組ではよく生まれて間もない子犬や子猫が登場します。

確かに早い時期からたくさんの人間と触れあうのは大事ですが、
それは人間側が正しい接し方をしてくれるという前提があります。

あんな風にもみくちゃにしたり、興奮させるような接し方をしては
嫌な関連づけをしてしまってもおかしくありません。

時々、母犬や母猫も登場しますが、知らない場所で突然子どもたちと離され、
心配で仕方ないという顔をしていてとても可哀想です。

わたしたちが普段、何気なく見て「可愛い」と癒やされている動物たちが、
実はストレスいっぱいでその裏で体罰の恐怖に怯えていたり、
不自然なことをさせられているということは多いのです。

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しかし、犬ではこんなことが「しつけ」の名の下に、
日常的に、頻繁に、当たり前のこととして行われているのです。

「オツベルと像」

わたしはこういった番組を見ていると、いつも思い出すことがあります。

小学生くらいの頃に読んだ、宮沢賢治の「オツベルと像」という物語があります。

要約するとこんな話。

ある日、悪賢い地主のオツベルのもとに、1頭の白い像がやって来ます。

像はオツベルの口車に乗せられて、足かせや鎖を付けられ、奴隷労働させられることになります。

はじめのうちは良心で働いてくれる像ですが、日に日にオツベルの扱いは酷くなり、
気づいた時には飢えて体力も気力もなくなっています。

そこへ、仲間の像たちが白い像を助けにやって来て、白像は救われ、
オツベルは殺されるという話です。

像に苦行を強いるなんていうのはサーカスとそっくりだし、
善意でオツベルの仕事を手伝った像の、その善意をあくようするというのは、
犬と人間の関係によく似ています。

像はオツベルに頼まれるまま、喜んで身を粉にして働きます。

しかし、食べ物は減らされ自由は奪われ、衰弱していきます。

やがて「像は笑わなくなった」とあります。

これを改めて読んだ時、笑顔をなくした犬たちの姿が浮かびました。

サーカスでも何でも、動物を見世物にしている人たちは、
「動物は喜んでやっている」とか、「家族同様に暮らしている」と言います。

しかし、本当にそうでしょうか?

Q.動物はなぜ言うことを聞くの?

とあるサーカス団の「子供Q&A」にはこんなことが書いてあります。

Q:動物はなぜ言うことを聞くの?

A:私たちと動物は、とても仲良しです。
でも言葉が通じないので、芸を教えるには身振り、手振りを使います。
伝わらなかったら何度も何度も繰り返し、よく出来たら声をかけ、エサをあげます。
これを根気よく1年半くらい繰り返してやっと芸が身につくのです。
身振り手振り、エサ、声、そして辛抱強く待つ、この4つが欠かせません。
元気にショーを終えた動物を見るのは幸せです。
逆に辛いのは病気になった時。「助けて」と目で訴えるので、自分の子供が病気になったように悲しくなります。
人を怖がったり、シャイだったり…。色々な猛獣たちがいますが、「私はあなたが好き」という気持ちを見せれば、
必ず仲良くなれますよ。

ところが、読売新聞の取材に対して、同サーカス団はこんな答えをしています。

Q:猛獣たちが指示通りに動くのはなぜですか?

A:信頼してもらえれば、家で飼うペットと同じようにじぇれてくるし、
命令も聞きます。
動物は喋らない分、目の動きやちょっとしたそぶりで気持ちを見抜いてきます。
視線をそらさず、鞭や棒で体を大きく見せて堂々と振る舞い、
「この人にはかなわない」と思わせるのです。

鞭や棒は、持つだけでは効果はありません。
使ってこその鞭に棒です。

舞台裏は常に観衆の目からは隠されています。

犬の訓練所で働いていたという人から聞いた舞台裏も、
サーカスと同じようなものでした。

「今はそんなやり方はしていない」とか、「ご褒美を使いながらやっている」とか、
そんな言葉は真に受けてはいけません。

もし、動物が好んで自発的にするような行動しかやらせないのだったら、
わざわざご褒美を使い、そしてそれをいつまでも使い続ける必要があるのでしょうか?

実際やっていることは、奇妙なリボンをつけて帽子をかぶせ、服を着せて、
その動物の習性に反するような奇妙な動きをさせることです。

好んで火の輪をくぐるような動物がいるでしょうか?

なぜ動物たちが言うことを聞いているのか、よく考えてみて下さい。

 

舞台裏に思いを巡らせよう

一方で、犬については「ドッグスポーツ」だとか「ドッグダンス」、
「アジリティ」「オビディエンス」などという名目で、
犬にとって不自然極まりない行動の数々を一般飼い主がやらせています。

「喜んでやっている」とか「自分たちは動物を可愛がっている」とか、
そんな言い分はサーカスと大差ありません。

鞭こそ使っていないかもしれませんが、その動物が自然な状態ではやらないことを
人間の娯楽のためにやらせているのです。

現実世界では必ずしもオツベルのように酷い罰を受けるとは限らないため、
人間はなかなかその傲慢な態度を改めようとはしません。

そして犬たちは、動物たちは「なかなか笑わなくなる」のです。

全世界の人々の考え方を改めるのは難しいですが、せめてこういった同じ考えを持っている人は、
動物を使ったサーカスや動物を見世物にする番組に抗議の電話やメールを送ることは出来ます。
(某番組にわたしは早速抗議メールを送りました)

動物を使った娯楽の舞台裏に思いを巡らせて、今一度よく考えてみましょう。

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おまけ

エアコンのおかげで快眠るーこ♪半目だけどw
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