「犬の義務」なんてただの屁理屈

「義務感」を持つのは犬ではなく人なのです。

こんにちは!

犬になりたい犬育ブロガーの瀧沢かいるーです。

昨日、犬たちの散歩も終わって遅めの朝食を食べつつ、
ニュースを見ていたら速報。

大阪で震度6弱。

時間がたてばたつほど被害の大きさがわかるようになり、
負傷者数もどんどん増えて亡くなってしまった方もいらっしゃるとか。

大阪付近にはブログ関係で知り合った方もいます。

おとといは友人の実家がある群馬で地震があったばかり。

地震は防ぎようがない。

これ以上被害が大きくならないことを祈ります。

うちも万が一のことがあった時のために、防災グッズを見直さないとな…

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さて先日、昼休み中にネットサーフィンしてたら、こんなこと言ってる人を発見。

犬に義務感を持たせましょう!

久々に「うわーw」な記事を見つけてしまったなぁ~と思いつつ、
読み進めてみたらやっぱり「うわーw」な内容でした。

猫に義務感を、羊に義務感を、ウサギに義務感を、
と言ってみると正気の沙汰とは思えないのに、犬になるとこんな主張が
まかり通ってしまってぱっと見もっともらしいことを言っているように
聞こえてしまうから不思議です。

なぜこんな気は確かかと言いたくなるような主張がまかり通ってしまうのか。

それには人間の都合のいい解釈が関係しているのです。

そして、義務感を持つべきは犬ではなく飼い主のほうなのです。

 

犬に義務感を持たせるとは?

その人の説明によれば、犬に義務感を持たせるとは、
自分の意思に反することを言われても、飼い主の言うとおりにすること
だそうです。

なかなか上手い説明のしかただと思います。

「~しなければならない」という意識を犬が持っているかどうかは不明ですが、
「飼い主の言うことに従え」という人間側の欲求と解釈すると腑に落ちます。

そもそも義務とは、「従うべきこと」を意味します。

「言うことを聞け」と人間に言われその通りにすることを、
「義務」といったもっともらしい言葉で語るものだから、
何か素晴らしい説明を受けた気になってしまう人もいるでしょう。

もっと直球に「命令には服従させろ」と言った方が本質が見えやすいですが、
それを多少口当たりがいい言葉に言い換えるということは、
この記事の筆者も何らかの後ろめたさを持っているということでしょう。

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犬には「権利」があるから「義務」もある?

この「義務」が面白くて別の記事を探してみたら、
犬には権利があるのだから義務もあって当然
と言っている人の記事も見つけました。

「犬に権利がある」というのは、人間社会の中で犬の利益を守るために、
わたしたち人間が言い出したことです。

犬同士が自分に権利があると主張することはないし、
かといって犬に権利がないというものでもないのです。

この「犬の権利」は、人間が犬を守るための社会ルールなのです。

つまり人間が勝手に作って犬に与えたものですので、
そんなものの対価として義務を要求すること自体がおかしいのです。

さらに言うと、権利の対語は義務ではなく責任です。

 

「義務」は正当化するための屁理屈

思えば学生時代、トレーニング実技の授業を受けたトレーナーの多くは、
「犬には義務がある」という考えを持っていそうな人たちでした。

散歩をし、ご飯を食べさせ、適度な運動を健康管理をしてやっているんだから、
その見返りとしてお前たち犬には飼い主の言うことに従う義務がある、と。

人間は犬を支配しながら、犬が喜んでやっているとか、
犬には「服従本能がある」とか、飼い主である自分のことが好きだから従っているとか、
色んな都合のいい理由で正当化しようとします。

正当化するために屁理屈をこねるのが上手いのです。

この「犬の義務」も屁理屈の一つのように感じました。

でも犬の様子を見てみると、ストレススマイル全開だったり、
常に興奮状態で辛そうだったり、体調を崩して下痢気味だったり、
攻撃的だったりと、飼い主たちの接し方がいかに間違っているかを物語っています。

だというのに飼い主たちはその現実を見ようとせず、
自分たちは信頼関係と愛情に満ちたペアだと信じて疑わないのです。

こういう飼い主は、たいてい犬に何かさせようとしたがります。

アジリティにしろオビディエンスにしろ、ドッグトレーニングは犬との共同作業だとか、
教える過程で犬との信頼関係が出来るとか、難しいことをクリアさせることで犬が自信を持つとか、
色々と屁理屈をこねくり回すわけです。

本当にそうでしょうか?

犬の様子を自分の幻想や色眼鏡なしに見てみよう。

犬との共同作業がしたいのなら、もっと犬の習性にかなったことをすればいいのです。

なぜ犬にとってはまったく意味不明な、ズボンの縫い目について歩かせたり、
おかしな棒を飛び越えたり輪っかをくぐったりしなければならないのでしょうか。

「もうずっと行われていることだから」とか、
「その競技に合っているとされる犬種だから」とか、
そんなのは理由になりません。

それが犬にとって最善の方法か、もっと別の良いやり方がないのか、
周りの情報にだまされずに自分で考えてみましょう。

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犬ではなく人が義務感を持つべき

義務感を持つべきは犬ではなく人間なのです。

人間には犬を守る義務があるというのはわかりますが、
犬自信に人間に対する何らかの義務があるなどというのはありえないのです。

屁理屈をこねて正当化する前に、犬にとってより良い方法はないか。

そう考えることがわたしたち飼い主の、犬への最大の義務なのです。

 

おまけ

去年のシャンプー後のブルブル写真。

うちはシャンプーは毎年、夏のはじめと終わりのみ。

それだけでも臭くなったりしません。フケも出ないし毛づやもいいし、健康的。

今年もじきにシャンプーの季節です。
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