「あなたは犬に生まれ変わりたいですか?」わたしがブログを書く理由

   

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こんにちは!

小さい頃、犬に生まれ変わるのが夢だった犬になりたい犬ブロガーの瀧沢かいるーです。

突然ですが、質問です。

Q.「あなたの愛犬は死んでももう一度犬として生まれ変わり、あなたのもとで暮らしたいと思いますか?」

A.う~ん…どうかしらねえ。でもちゃんとお世話だってしてるし、可愛がってるわよ。まあ時々叱ったりはするけど、でもそれってだれでもやってることだし、必要なことでしょう?お留守番が長いのはちょっと可哀想だけど、その分休みの日はたくさん歩いてボール投げもしてるし。トリミングだって毎月やってるし、可愛いお洋服だって着せてるし。ちゃんとトレーナーさんに通ってしつけもしたしね。そうそう、ブログもやってるのよ。毎日たくさん写真撮るから、どれを載せるか迷っちゃって。みんなにいつも可愛いって言ってもらえてるわ。だから、そう思ってくれてるんじゃないかしら?

ほうほう…なるほどねえ。

じゃあ次の質問いってみよう。

Q.「あなたは犬に生まれ変わりたいですか?」

 

A.・・・。

 

昔、犬に生まれ変わりたかった

わたしは小学生の頃「友達」と呼べるのは家で飼ってた犬だけでした。人間の友達、いなかったんですよねえ…

学校ではほとんど誰とも話さなかったので、みんなが友達に話していることを、わたしは家に帰って犬に話していました。学校の授業のことや、遠足のことや、先生のこととか、クラスメートのことを、学校から帰って1時間近く話していました。当時は犬を外で飼ってたので、夏は暑いし冬は寒かったけど気にならなかったです。

犬はいつも、わたしの話に耳を傾けてくれているようでした。相槌も打ってくれたりして。

でも、犬はこんなにわたしの話を聞いてくれるのに、わたしは犬の話を全然わかんなかったんです。それがとっても悲しかったし、悔しかった。

だから、死んだら犬に生まれ変わって、犬と友達になって、犬の話をわかるようになりたいと思ったんです。犬たちがいつも何を考えているのか、人間に対してどう思っているのか知りたいと思いました。

将来の夢は「死んだら犬に生まれ変わること」です。

長いので「犬になりたい」っていつも言ってます。だいたい怪訝な顔されます。彼氏が出来ないワケだ。

 

「犬」の現状を知って「犬になるの嫌だ」って思った

専門学校のドッグトレーナー科に入学し、そこで現代日本の犬たちがどう扱われているのかを知りました。

犬なのに、人間をリーダーとして認め、その命令に従わなければいけない。逆らうと鉄の鎖を首にはめられて首を絞められたり、マズルをつかまれたり、ひっくり返されておさえつけられたりする。ひどいと殴る、蹴るのいわれのない暴力を受ける。それが嫌でちょっと反抗すると、もっとひどい虐待を受ける。

長い長いお留守番で1日中が退屈。飼い主が帰ってきて嬉しくて「遊ぼう、遊ぼう!」と誘っても邪険にされて、「うるさい!」って叱られたり。

十分な運動も出来ない。数少ない楽しみであるはずの散歩も短いリードに繋がれて引っ張られながら道路を歩くだけ。におい嗅ぎをすると怒られ、行きたいほうに行くことも出来ない。

そんな日々に文句も言わず、言いたくても言えず、ひたすら耐えている犬たちなのに、理由は数あれど「飼えなくなったから」と保健所に連れて行かれる。なぜかこの世界には犬たちを殺しても良いという法律がある。その殺し方は残酷で、狭い部屋での窒息死だ。なぜか未だに「安楽死させてもらえる」と思っている人もいるが、犬たちは苦しみ悶えながら死んでいく。

犬が「犬」として尊重されていないと思いました。

人間でいう「人権」ってやつがまるっと無視されているって。

そこでふと、その時はすでに亡くなっていた、毎日わたしの話を聞いてくれた家の犬のことを思い出しました。

あの子は幸せだったのかな?

家族が手を上げたことは一度もないし、服従訓練なんて一切やらなかったし、お散歩はいつもあの子のペースに合わせて広い野原を歩き回っていました。田舎だったこともあって、随分古い飼い方をされていました。

でも何か言いたいこともあったかもしれない。外飼いだったから、夏は暑くて冬は寒くてたまらなかったかもしれないし、フードだってそれほどいいものじゃなかった。もっとおいしいものを食べたいと思ってたかもしれない。そういえば、毎年やってたのは狂犬病の予防だけで、混合ワクチンやノミダニ、フィラリアの予防は一度もやった覚えがない。そのせいでわたしたちが知らない内に病気になって苦しんでいたかもしれない。健康診断なんて一度も行かなかった。

現代社会では、犬たちは自分の望んだ生活を出来ないのだと思いました。

快適な室内で暮らしたくても外飼いにされてしまうかもしれない。お肉が食べたくてもドッグフードしか食べさせてもらえないかもしれない。広い野原で走りたくても車がビュンビュン走る道路しか歩かせてもらえないかもしれない。寂しがり屋でお留守番が嫌でも飼い主は1日中仕事に行っているかもしれない。たくさん遊んで欲しくても飼い主は忙しくて見向きもしてくれないかもしれない。

全ては飼い主次第で、犬たちの生活、一生は決まるのだと。

現代日本の犬たちがどういう暮らしをしているのかを知って「犬に生まれ変わっても幸せにはなれない」と思いました。

 

「どうすれば犬たちは幸せか?」を考えた

よく「愛犬と幸せに暮らすためにはどうすればいいか?」という質問を見かけます。

しかし、犬の飼い主なら「愛犬が幸せに暮らすためにはどうすればいいか?」を考えてあげるべきだと思うのです。

「愛犬と幸せに暮らすには」と考えると、どうしても飼い主である「人間の幸せ」を追求してしまいがちです。人間にとって「楽」なしつけ方を提唱したり、人間にとって都合の良いデマカセが出回ったり。

人間にとって「楽」で「都合が良い」ものは、犬にとっては負担を強いられるものになります。パックリーダー論や服従訓練がそうです。

そうではなく、一緒に暮らす「愛犬が幸せに暮らすためには」と考えてあげるべきなのです。

犬たちは、犬らしい暮らしをすることが一番幸せなのです。

犬を人間扱いすることは、人間を犬扱いするのと同じです。

では「犬らしさ」とは?それにはまず「犬」という生き物について深く、詳しく知らなければなりません。

実はまだわたしの中でも答えが出ておらず、日々模索中です。犬を2頭飼いながら、その犬たちをよくよく観察して、犬たちと「会話」することを試みています。

 

あなたが犬に生まれ変わっても幸せであるために

全ての犬が幸せに暮らすことが出来るようになれば、例えあなたが犬に生まれ変わっても、犬として幸せに暮らすことが出来ます。

わたしは、自分が犬に生まれ変わった時に幸せでありたいと思います。

そのために、わたしは「犬の幸せ」を探求します。

犬たちが自分でわたしたちに伝えられない、彼らが感じる「幸せ」を発見して、世に発信していきます。

これがわたしの「ブログを書く理由」です。

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