「可哀想だから飼う」は“正しくはないけど間違ってもいない”こと

ペットショップの犬を「可哀想」だから飼うのって悪いことなんでしょうか?

こんにちは!

犬になりたい犬育ブロガーの瀧沢かいるーです。

最近、朝起きるのがめっちゃ早くなってます…

少し前まで夜明けと同時にくらいだったのに(お年寄りかいw)、
今じゃ完全に夜明け前の3時とか…
それくらいに起きるんです。

しかもけっこう目覚め良くスッキリと。

犬たちはまだ寝ているというのに。

でもここで二度寝すると起きられなくなるので、
ベッド出て本読んだりDVD見たり。

思わぬ自分時間が出来てこれはこれでいいかも。

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さて少し前に、読者様からあるコメントをいただき、
ちょっとわたしなりに考えていました。

何をかって言うと、

可哀想だからとペットショップの犬を飼うことは、
果たして悪いことなのかどうか

ということ。

で、昨日、学生時代からの友人と電話した時にこれが話題に出て、
3時間ほど話し込んだ末に出た結論がコレ。

“正しくはないけど間違ってもいない”

 

「可哀想」という理由で飼ってはいけないはきれい事

可哀想だからという理由でペットショップの犬を飼ってはいけない

いつからかそんなことが言われるようになりました。
ペットショップを否定する説が出て来たのと同じくらいのことでしょうか。

確かにそうです。

ペットショップの小さなケースの中で、震えていたり、怯えている子犬を、
「可哀想だから」と安易な気持ちで飼うべきではないというのは、
誰でも何となく、それが正しいとわかっていることでしょう。

可哀想だからと飼う人がいれば、それはペットショップの利益になり、
いつまでたっても子犬・子猫を商品として売り切れないほど大量生産し、
販売するという忌むべきシステムはなくなりません。

それはわかっています。

でもですね。

実際にペットショップで「可哀想だ」と感じてしまった人にとって、
この正論はどうでも良くなってしまうことだし、ただのきれい事にしか聞こえないんです。

昨日電話で話した友人は、わたしと同じように、
以前ペットショップで働いていました。

愛犬のダックスは、そのペットショップから迎えた子です。

そのダックスは、バックヤードで10ヶ月になるまで、
放置虐待されていた子でした。

水も餌も満足にもらえず、ずっと狭いクレートに閉じ込められて、
誰にもかまってもらえず、散歩にも連れて行ってもらえず、
掃除もされないクレートの中で糞尿にまみれ、ガリガリに痩せ、
死んだような目をしていた子です。

そんな子を見た時、普通の人なら、「可哀想」と思うのではないでしょうか。

犬好きの人なら「助けてあげたい」と思うのではないでしょうか。

かくいうわたしも、るーこは職場だったペットショップから迎えた子ですが、
るーこもダックスちゃんと同じような放置虐待犬になりかけた子でした。

るーこは、一度飼い主さんが決まってもらわれていったのですが、
1週間で返品されて出戻って来た子です。

返品された子は、すぐにもう一度店頭に売りに出す、
というわけにはいかず、感染症や寄生虫がいないか、
生体管理センターと呼ばれるところに一度戻して検査をしてもらわないといけないのです。

しかし、そんなことをしている間に商品価値のある時期は過ぎてしまい、
検査が終わって店に戻って来たとしても売れない場合がほとんどなのです。

特にるーこのような中型犬は、4ヶ月を過ぎると全く売れませんでした。

なので、返品されてしまった子というのは、ほとんどがバックヤードでクレートに閉じ込められ、
そのまま放置虐待されてしまうことが多いのです。

友人のダックスちゃんも、るーこと同じように返品された子でした。

狭いクレートに閉じ込められ、ちょっとでも吠えると「うるさい!」と怒鳴られ、
クレートを蹴られて、少しずつ目が死んでいく、無気力になっていくるーこを見て、
「可哀想という気持ちで飼ってはいけない」という正論が、
当事者にとってどれほど間違っていてきれい事にしか聞こえないか、
身をもって実感しました。

もともと、2頭目に迎えてもいいかなと考えていたこともあり、
半分以上「可哀想だから」という気持ちで、るーこを2頭目としてお迎えしたのです。

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「可哀想」と感じる子を見殺しに出来ますか?

わたしも友人も、バックヤードで行われている犬への虐待を見て、
「可哀想」と思い犬を飼いました。

しかし、バックヤードだけでなく店頭にも「可哀想」な子はたくさんいます。

裏で虐待されているのか、店員が手を出すとビクッとして体を小さくする子、
ちゃんとご飯を食べられていないのか子犬なのに痩せている子、
売れ残って大きくなってしまい、店頭の片隅に繋がれている子。

まだ生まれて間もないのに親と離され、あんな小さな展示ケースに入っている時点で、
可哀想と感じる方もいるでしょう。

可哀想と感じた子に、あなたは何をしますか?

可哀想と思うだけですか?

わたしも友人も、放置虐待されていた犬たちをお迎えするという決断をしなければ、
今、家族として一緒に暮らしている愛犬たちは死んでいたと思います。

わたしたちにとって、「可哀想という気持ちでは飼わない」という選択は、
今目の前にいる可哀想な犬を見殺しにすることでした。

自分が飼うことで助けてあげようと考えてしまうほど「可哀想」と感じる子に出会って、
それを見て見ぬふりをするって、すごく難しいんじゃないかと思います。

もちろん、飼ったあとに一生可愛がって、最期までお世話をするという前提ですが。

可哀想だと感じることが出来る人間が、「可哀想だから飼う」ということは、
“正しいことではないけど間違ってもいない”のだと思うのです。

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おまけ

ある日ののんちゃんの寝姿。

シェー?w(今の子わかるのかしらw)
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