「自分だったら」と想像してみよう

   

どうも!

本日も犬の散歩に1日の大半の情熱を捧げる犬になりたい犬ブロガーの瀧沢かいるーです。

同僚に何人か小型犬を飼っている人がいるんですが、その人たちが雨の日や、雪が積もってる冬の間は散歩に行かないと言ってるのを聞いて驚いております。

週に1回しか散歩に行かないなんて人もいるので、そういう人たちは「想像力」ってものがないのかな~と思うんですよね。

 

雨の日はお散歩なし?

うちの犬たちは多少の雨であれば平気でお散歩に行きます。

さすがに土砂降りだと玄関で二の足を踏んで、しばらく悩んでから家に戻ることも多いですが。

晴れてる日はいつも必ず犬がいる公園も、雨の日はガラガラで探検し放題です。

犬がいないのは、多分、人が行きたがらないからであって、多少の雨なら行きたがる犬は多いのです。レトリバーなどは水が大好きなので、むしろ雨の方が喜ぶなんて子もいます。

わたしは犬が行きたがったら雨でも雪でも行ってやります。濡れるのはカッパを着ればいいし、寒いのはヒートテックを着込んで厚着すればいいだけのことです。

しかし、犬を自分の都合に合わせている人たちは、人が行きたくなければ犬の「行きたい」という主張を無視してしまいます。

わたしは犬にとっての散歩は食事と同じか、それ以上に重要だと思うので、「なくす」なんていうのはよっぽどでない限りありえないのですが、こういう人たちにとっては「なくす」のもありなのです。

ドイツでは6時間ごとに外に出さなければいけないという法律があるのに、平気で散歩なしにしてしまうのが驚きです。

でも、わたしが子どもの頃は、犬は毎日散歩に連れて行くものという考えがもう少し一般的だった気がします。

小型犬なんてほとんど見なかったし、近所で飼われていた犬はみんな中型犬の和犬ミックスでした。母の実家ではヨーキーを飼っていましたが、その子も毎日散歩に連れて行ってもらってました。

それが、いつしか小型犬が主流になってくるにつれて、ペットショップの店員が「小型犬に散歩はいりませんよ」なんてウソをあちこちで言うようになったものだから、散歩ゼロなんて犬が増えていったのです。

 

「もし自分だったら」と考えてみよう

人間は、犬に限らず、牛や豚を身動き出来ない小屋に閉じ込めたり、サバンナを駆け回っていたシマウマやライオンを狭い檻に押し込めたり、大空を飛ぶ鳥を小さな鳥かごに入れたりして、日常的に動物たちから自由を奪っているのです。

刺激が少ない環境にいて、そこから抜け出せないでいると、動物たちは心が折れてどんよりした無気力な表情になります。それを見た人たちは、彼らは何も考えていない生き物だと思って、何をしてもいいのだと思ってしまう。

しかし、犬を含めて人間が家畜化した動物たちは、わたしたちが考えているよりもずっとずっと豊かな心を持っているのです。

わたしたちは、そんな心ある生き物を邪険に扱ってはいけません。

人間なしでは生きられない動物たちには、清潔で快適な環境、食事、運動といった最低限のニーズを満たしてあげるのは人間の義務なのです。

リーダー云々以前の問題です。

それを人間の都合でやらなかったりというのは大間違いです。

トレーナーやペットショップの店員が言う「ウソ」を頭から信じず、もし自分が犬だったらと想像力を働かせてみて下さい。

閉じ込められ、繋がれて、ご飯も十分にない、自由に体を動かすことも出来ず、何もすることがない、というのは昔の刑務所と同じです。

出られたと思ったら、次から次へと命令されて、頻繁に罰が与えられるというのは、強制収容所と同じです。

そんな暮らしはあまりに辛い。自殺する人だっているでしょう。

なのに人間は、犬を過酷な環境において、「言うことを聞かない」などと言う。あまりに身勝手です。

逆に、きちんと食事出来て、自由に動けて、快適な寝床で寝られて、仲間と交流出来て、散歩で気晴らしが出来れば、囚われの身でも耐えられます。

わたしたち人間は、想像力も他者への思いやりも持っているのですから、もう少しそれを働かせてみましょう。

もし自分が、自分に飼われている犬だったら、と想像してみましょう。

 - まったり育犬