人間は遙か昔からすでに犬の「ボス」なのである

こんにちは!

今日も犬飯作りに情熱を傾ける犬になりたい犬ブロガーの瀧沢かいるーです。

先日、仕事でフィリピンに行っていた友人が、面白い話をしてくれました。

フィリピンんい赴任している職員の寮のそばに、自称・犬を飼ってる男性がいたそうです。

しかし、その男性はまたにしか犬にご飯をあげず、犬はほとんどの時間を近所の野良犬たちとすごして、ゴミ箱を漁って飢えをしのいでいるのだそうです。

そして、時々戻って来ては飼い主の男性から餌をもらうのです。

写真を見せてもらいましたが、犬はろくに手入れもしれておらず、耳元や目元にびっしりと血を吸ったマダニがついていました。ひっくり返せばお腹にもついていたのだと思います。

その犬は、戻って来た時に飼い主に耳を引っ張られたり(マダニを取るためなのだそう)、叩かれたりしても決して怒ることなくじっと耐えているそうです。

この話を聞いて、わたしは犬と人間の関係の原点のように思いました。

 

人は遙か昔から犬の「ボス」

人間自身が食べることに精一杯だと、犬は自分で食べ物を見つけなければなりません。しかしその食べ物も十分になく、他にアテもない状態だと、時々餌をくれる飼い主に頼らざるをえないのです。

気に障ることをしたり、怒らせたりしたら、食いっぱぐれる危険があります。なので逆らわずにじっと耐えるのです。

犬は狼と同じ祖先から別れて“犬”となった時、こうして人間に従属する道を選びました。この時点で人間に従属せざるをえず、この時から人間はすでに犬の「ボス」なのです。

犬は人間の周辺にいて、そこから食糧を調達しないと生きていけないのです。

これが日本のような先進国の「ペット」だとなおさらです。

野良生活が許されず、飼い主から餌をもらわないと生きていけないのだらか、それだけで従属的な関係になります。

なのに人間は犬がボスになろうとしているとか、人間がリーダーにならなければいけないとか、更に犬を支配したがるのです。

食べ物さえ押さえておけば、それだけで人間が有利な立場であることは確実なのです。犬もそれをよくわかっています。だからよく言うことを聞くし、人間の意図を汲み取ろうとするのです。

オーストラリアで研修中、日本語など聞いたこともないだろう現地の牧羊犬に「オスワリ」と言ったらスッと座ったということがあります。同じように、オーストラリアのトレーナーが来日した時、日本生まれ日本育ち、指示語は全て日本語の犬に「シット(スワレ)」と言ったら座ったのです。

こういった行動は犬ならではです。

人と犬はペットと飼い主という時点ですでに不平等な関係にあるのです。

 

不平等だからこそ平等に

友人の一人は、犬は人間に食べ物をもらわないと生きていけないのに、その生命線であるフードを「トレーニング」のために使って「ご褒美」にするのはあまりに不平等すぎる、と言いました。

確かにその通りです。

犬は生きるために(食べるために)飼い主の言うことを聞かざるを得ないので、いくら自発的に従っているように見えても、それは自発的に従うように強制されているにすぎないのです。

もし、自分が宇宙人にペットにされたらどうでしょうか。

言うことを聞けば食べ物がもらえるのだから、喜んで言うことを聞くのではないでしょうか。

おかしな名前をつけられて、その名前を呼ばれたら、いそいそと飼い主の宇宙人のところに行きませんか?

それは本当に自発的な行動でしょうか。

それで信頼関係が出来たと言えるでしょうか。

人間はすでに絶大な権力を持ったボスとして犬の上に君臨しているのです。

だからこそ、犬には囚われの身の上でなるべく自由にさせてあげたいし、愛情と思いやりを持って接してあげたいと思っています。

もともとが不平等な関係なのだからこそ、人間がなるべく腰を低く低くして、少しでも平等な関係になるべきなのです。

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