犬には「こころ」がある。だから優しくする

あなたは犬に優しく接していますか?

皆様こんにちは!

犬になりたい犬育ブロガーの瀧沢かいるーです。

5月26日はのんちゃん6歳のお誕生日なのです。

少し前から、お誕生日プレゼントは何がいいかなーと考えております。

新しいおもちゃとも思ったけど、そもそも、のんちゃん最近、
あんまりおもちゃで遊ばなくなってるし。
服とか、迷子札とか、新しいカラーなんてのは飼い主の自己満足だし。

せっかくなんだから、のんちゃんが喜んでくれるものがいいなーと思うのですが、
毎回色々考える割には、結局いつも通りの、
のんちゃんの好きなサツマイモと、バナナと、ヨーグルトのお手軽ケーキになります。笑

まあ、食べ物が犬って一番喜んでくれますからね…

 

さてこのブログを始めてから、たくさんの方からお問い合わせをいただくようになりました。

実際にまったり式を始めて、愛犬との生活が改善されたと、
嬉しいご報告をいただくことが増えたのですが…

まだまだ一般的には受け入れがたいやり方のようで、その証拠に、
他の家族にこのやり方を受け入れてもらえないというご相談をいただくことも増えました。

先日、とあるご相談者様からこんな質問をいただきました。

 

うちの主人は、“なぜ犬に優しくしなければいけないのか、わからない”と言います。
なんと言って説明すればいいでしょうか?

 

これを見て考え込んでしまった。

犬の気持ちを考えて寄り添うとか、意思を尊重するとか、
そういったことはわたしにとっては当たり前のことだったから。

だけど、考えてみれば“なぜ犬に優しくしなければいけないのか”というのは、
すごく当たり前の質問のような気がします。

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なぜ人は相手に優しくするのか

まず、なぜ人は相手に対して優しく接するのでしょうか。

犬だけでなく、生き物に限らず、生き物ではないものにまで、
時として人は優しさを持って接します。

わたしは子どもの頃、「ミライちゃん」という人形が大好きで、
とても大事にしていました。

どこに行くにも連れ歩いているので、当たり前ですが汚くなるのですが、
うっかり母が洗濯機でガンガン洗ってしまったりすると、
「乱暴なことしないで!」とすごく怒ったそうです。

母にとっては、ミライちゃんは生きているものではなく、
そのため痛みを感じることも、乱暴にされて嫌な思いをすることもないので
そういった扱いをしたのだろうけれど、
わたしにとってはミライちゃんはずっと一緒にいる大事な友達であって、
生きているものと同じように優しくしなければならない相手だったのです。

つまりわたしは、生きていないただの人形であるミライちゃんを、
感情を持ち、「こころ」を持った存在だと思っていたのです。

「こころ」があると感じた相手に人は優しくする

人間そっくりの外見を持ち、表情や仕草まで人間によく似せたロボットと会話をした人は、
その多くがロボットに対して「こころ」を感じ取っていたという研究データがあります。

ロボットに「こころ」を感じ取った人は、ロボットを叩いたり殴ったりという、
乱暴な接し方をすることに罪悪感を抱いたと言います。

しかし、ロボットをただのロボットとして認識し、「こころ」を感じなかった人は、
乱暴な扱いをすることに抵抗を示さなかったそうです。

つまり人間は、相手が生きてはいない存在であったとしても、
相手に「こころ」があると思えば、優しく接しようとするんですね。

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「こころ」とは何か

では「こころ」とはいったい何でしょうか。

アニメや漫画、映画でもたびたびテーマになってきたことですが、
これはとても難しい質問で、一言で全員が納得のいく説明は出来ないと思います。

ただ、ものすごくザックリと、おおざっぱに説明すれば、
喜怒哀楽の感情や、その感情からくる気持ち、何を考えているかの意思など、
そういったものではないでしょうか。

そういったものは脳の働きによるものなので、つまり、
脳がある生き物には「こころ」があるということですね。

冒頭の“なぜ犬に優しくするのか”の答えは、
犬にはこころがあるから」ということになります。

実際に、動物にも感情や気持ち、意思があり、「こころ」があるという認識が
広まったことが、動物福祉への関心を高めました。

人間以外の動物を、「モノ」ではなく「こころのある存在」として扱おうということです。

だから逆に、例え相手が生きている存在だとしても、
相手に「こころ」を感じなければ「モノ」として扱うのです。

ペットショップの子犬子猫を「モノ」として扱い、店員たちが、
およそ生き物を相手にしているとは思えない接し方をするのはそのせいです。

小さい頃、犬や猫、クマやゾウが登場するサーカスを見たことがあるけれど、
子どもながらにこれはひどいと思った。
両親や妹は楽しんでいたけれど、わたしは全然楽しめなかった。

サーカスで使われていた動物たちのレスキュー番組をアニマルプレネットで見たけれど、
鎖で何年も繋ぎっぱなしとか、芸の失敗の罰に殴られたり蹴られたり、
ご飯を満足にもらえなかったり、生き物としては扱われていない状態でした。

サーカスの動物と接する人たちが、相手を「こころ」を持つ存在だと思っていないせいです。

動物も人も、「モノ」として扱われるようになってしまったら終わりです。

そして、「こころ」を持つ相手に対して「モノ」を扱う接し方をするようになったら、
人間としておしまいです。

「こころ」を持つ相手に対しては、「こころ」のある接し方をするのが、
人間として当たり前なのだと思います。

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おまけ

時々撮れるのんちゃんの変顔w

のんちゃんは変顔でも可愛いよ♪
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