犬嫌いな人に配慮する?「犬の利益」も考えて

配慮ばかりで「犬の利益」を無視しない。

こんにちは!

犬になりたい犬育ブロガーの瀧沢かいるーです。

最近、眠くなるのが夏場よりも30分ほど早くなりました。
体が冬時間に移行中のようです。
だんだん起きる時間も遅くなって、5時半には自然に目覚めてたのが、
6時半に目覚めるようになりました。

犬たちも夜は早々に眠るようになって、今こうしてパソコンやってる横で
すでにヘソ天で寝ています。
散歩に行きたがる時間も遅くなって、最近は7時過ぎ。
反対に夕散歩は早くなっています。

ただし、ご飯の時間が変わるとブーイングが上がります。

寝起きの時間や散歩の時間が変わっても、ご飯の時間は変えない。
これは鉄則。

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今日の仕事帰りに、久しぶりに本屋に寄って犬関係の雑誌をいくつか読んでみました。

それらを眺めていると、動物の権利についてはおろか、動物福祉の欠片も出て来ないで、
いつもいつもうんざりしてしまいます。
本当に、人の都合のことしか書かれていない。
おまけに犬の写真はどれもストレススマイル全開で見ていられない。

だったら読まなければいいのにと言われるかもしれませんが、何か期待するようなことが
どこかに書いてやしないかと、つい読んでしまうのです。

よく言われるのが、世間には犬嫌いの人もいるので、迷惑をかけないよう
常にしっかり犬を管理し、配慮しましょうというものです。

現在の日本の状況を見てみれば、しごく当たり前の考え方に思えます。

しかしこの「犬嫌いの人への配慮」には、人への配慮は考えられていますが、
犬の利益になるようなことは何一つ考えられていないのです。

 

犬嫌いの人に配慮する?

法律においても、犬は狂犬病予防による規制を受けていて、動物愛護法においても
「適正な管理」がうたわれています。

しかしそこには、犬の福祉、すなわち犬自身の習性を尊重し、犬の幸せを実現しよう、
という観点は全くないのです。

犬嫌いな人への配慮ばかりが過剰に強調されてしまっています。

ここでよく考えて欲しいのは、そもそも野生だったイヌ科やネコ科の動物を家畜化し、
人なしでは生きていけないように選択育種したのは、他ならぬ人間ではないのでしょうか。

人間、すなわち人類は、その責任を負っているのではないでしょうか。

ここ十数年に限って言っても、大量のブランド子犬を子犬製造工場で生産しておいて、
「イヌ嫌いな人に配慮」した窮屈な生活を犬たちに強いています。

おまけに売れ残りや飼育放棄犬は「産業廃棄物」として処分する。

犬を飼うのはその人の趣味趣向というたぐいの考え方が、このように動物の権利を
著しく損なうような事態の背景にあるのです。

犬を飼うのは人の「権利」

日本よりも遙かに成熟した犬社会であるヨーロッパ、例えばフランスでは、
犬を飼うことは人の権利だと考えられているので、大家さんは住人が犬を飼うことを
禁止してはいけないという法律があります。

この考え方の方が、よっぽど人類の責任ということに整合的ではないでしょうか。

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完全なる配慮は不可能

嫌いな人に配慮するというのは、タバコにしても食べ物にしても全てのことに当てはまるし、
嫌いな人に配慮ばかりしていては何も出来ないのです。

例えば、わたしは肉も魚も野菜も何でも食べますが(犬好きだと言うとベジタリアンだと思われますけど)、
中には肉も魚も嫌いで完全なヴィーガンだと言う人もいるでしょう。
では、そういう人たちへの配慮がされているかというと、そんなことはありません。

わたしは動物の商業利用が嫌いで、動物を使ったサーカスやテレビ番組なんて見るのも嫌ですが、
そういったことに配慮がされているかというと、そんなことは全くないわけです。

たいていは多数派の嗜好が優先されて、少数派の嗜好は顧みられません。

人の嗜好への配慮などというものは、その嗜好自体が多種多様なので、
現実には不可能だということです。

それがなぜ、犬においてはこんなに口うるさく、
「嫌いな人への配慮」が言われているのかまず意味がわかりません。

確かに散歩中にウンチを拾わずに放置したり、人の家の門の前にオシッコをかけるとか、
住宅街でリードを放して散歩させているとかいうのは問題ですが、
そういうのをしないというのは「犬嫌いな人」に限った配慮ではないですし、
飼い主であれば最低限守れなければならないことです。

吠えるのは犬としては自然なことで、習性なのである程度は仕方ないですし、
犬を見るのも嫌というのはどうしようもありません。

だから、犬嫌いな人、犬好きな人がお互いに折り合いをつけていくしかないのです。

 

「犬の利益」も考えよう

人と人との関係においては、どちらか一方の声だけが常に聞き入れられることがないよう、
民主的なシステムが必要になります。

動物問題のように人と人以外の存在が関係している場合は、彼らの利益という観点が
きちんと考慮されなければなりません。

日本の場合はこの「動物の利益」というのが全く無視されていることが問題です。

犬たちは自分で自分の利益を主張出来ないので、人間たちは何かと自分たちの都合のいいように
犬たちの利益を奪ってしまいがちです。

もう一度言いますが、わたしたち人類は、わたしたちの祖先が家畜化してきた動物たちに責任を負っている
ということをよくよく自覚しましょう。

日本に根深くはびこる「ペット問題」も、こういった観点から考えなければ、
いつまでたっても人間中心主義のエゴから抜け出せないのです。

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おまけ

スマホの写真整理してたら出て来た。

背後霊やwww
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