「善きサマリア人のたとえ」共感しても行動するのは難しい

共感するのは簡単だけど、あなたは実行出来る人ですか?

こんにちは!

犬になりたい犬育ブロガーの瀧沢かいるーです。

12月に入ってクリスマスも近くなり、我が家に度々、「キリスト教の集会に来ませんか?」という勧誘が来るようになりました。

勧誘じたいは非常に迷惑だし(なぜか夕方の忙しい時間帯に来るし)やめていただきたいのですが、
その人たちが置いていく聖書のパンフレットを読むのは好きだったりします。

とある漫画でキリストに興味を持って以来、聖書について調べることが増えました。
神様のえこひいきっぷりに若干うんざりさせられつつも、好きな話しもけっこうあります。

昨日来た勧誘の人たちが置いていったパンフレットに「善きサマリア人のたとえ」の概要が載っていました。
これも好きな話です。

ここまで聖書の話しか書いていないですが、これは犬ブログです。笑

今回は「善きサマリア人のたとえ」の内容をもとに、良いことに共感するのは簡単だけど、それを実行に移すのは難しい、という話をします。

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善きサマリア人のたとえ

「善きサマリア人のたとえ」とは?

新約聖書中のルカの福音書10章25節から37節にある、イエス・キリストが語った隣人愛と永遠の命に関するたとえ話のことです。

概要

とあるユダヤ人の律法学者が同じユダヤ人であるイエスに永遠の命を受けるためにはどうすればいいかと問いかける。
するとイエスは逆に律法にはどうあるかと尋ね返した。

律法学者が「神を愛すること。自分を愛するように隣り人を愛すること」と答えると、
イエスは「その通りにしなさい。そうすれば永遠に生きる」と言った。

さらに律法学者が「では隣人とは誰のことか」と重ねて尋ねると、イエスはこれに対し以下のたとえ話をした。

ある人がエルサレムからエリコに向かう途中で強盗に襲われ、身ぐるみ剥がれて半死半生となって道ばたに倒れていた。
そこに三人の人が通りかかる。

最初に司祭が通りかかるが、その人を見ると道の向こう側を通り過ぎていった。
次にレビ人(司祭に関わる人)が通りがかるが、彼も道の向こう側を通り過ぎていった。

しかし三番目に通りがかったサマリア人は、その人のそばにかけより助けてやった。
傷口の治療をして、自分のろばに乗せて宿屋まで運び介抱した。
そして翌日宿を発つ時に、宿屋の主人に怪我人の世話を頼んで費用を払った。

このたとえ話しのあと、イエスは律法学者に「この話の中で誰が怪我人の隣人となったか」と問いかけた。
律法学者は「その人に慈悲深い行いをした人です(=助けたサマリア人)」と答えた。

するとイエスは言った。
「行って、あなたも同じようにしなさい」

ちなみにサマリア人っていうのは、ユダヤ人から迫害されていた人たちのことだよ。

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「善きサマリア人」であることの難しさ

教授の意地悪な実験

この「善きサマリア人のたとえ」をテーマに、1973年、プリンストン大学の心理学者が意地悪な実験を神学生に対して行いました。

神学生っていうのは、牧師や司祭などを目指して勉強している学生たちのことだよ。

学生には「善きサマリア人のたとえ」をテーマに講話をするよう指示が出されていたのですが、
講堂に向かう途中の通路にうめき声を上げてうずくまる男を配置しておきました。

さて、何パーセントの神学生がこの男に助けの手をさしのべたでしょうか?

答えは…

なんと、たったの40%にすぎませんでした。

共感はしても行動するのは難しい

「善きサマリア人のたとえ」の話に、サマリア人の良い行動に共感し、自分もいざという時はこういうことが出来るようになりたいものだ、
と思う人は少なくはないでしょう。

ましてや神学生なのですから、聖書の教えは絶対のはずです。

わたしも初めてのこ話を読んだとき、サマリア人に共感しましたし、こういう人間になりたいものだと思いました。

しかし、共感するのは簡単ではあっても、実際に、いざという時が来た時にそれを行動に移せるかどうかは、
とても難しいことなのです。

満員電車の中で具合が悪そうな人や、お年寄りや妊婦さんに、実際に席を譲っている人をどれだけ見たことがあるでしょう?
道に通っているのかスマホ片手にウロウロしている人や、目が見えなくて白杖を持っていたり盲導犬を連れている人を見かけて、
声をかけている人を何人見たことがありますか?

また、自分がそうしたことがあるでしょうか。

普段はそうしたいと思っていても、実際には自分も疲れていたり、急いでいたりして見て見ぬふりをしてしまうことが多いのではないでしょうか。

わたしもそうなので、実行するのは難しいのだということを身をもって感じています。

 

動物たちの共感力と行動力

それに対し、動物たちの共感力と行動力にはいつも驚かされます。

動物が相手を思いやり、それを行動で示す行為を動物学者のフランス・ド・ヴァールは「なぐさめ」と呼んでいます。

チンパンジーでは日常的にこの「なぐさめ」が観察されるそうですが、犬や猫などのコンパニオンアニマルでも確認されています。

かのダーヴィンは、とある犬が友達の猫が病気で寝ている時に、そばを通るたびに何度か舐めてあげていたと言っています。

犬の場合はすでに多くの研究によってなぐさめ行動をすることが実証されています。

泣いたり痛がったりしている人間の家族を、犬猫がなぐさめるというのはよくある話しですし、実際にやってもらったという人も多いでしょう。
また、喧嘩で負けた犬のそばに仲の良い犬がなぐさめるという行動まで、実に多くの研究結果が確認されています。

あなたの家にいる犬猫も、こういった行動をするのではないでしょうか。

犬が泣いている子どものそばに寄り添ってずっと舐めてあげていたという話や、猫が具合の悪い飼い主のそばにずっと付き添っているという話もよく聞きます。

のんちゃんとるーこは、わたしが風邪をひくと2頭してつきっきりで看病し、顔を舐めたりしてお世話をしてくれます。
また、少し前に母が体調を崩した時にものんちゃんがずっと付き添っていたことがありました。
ちなみにのんちゃんは母には懐いていないし、普段は自分からそばに行くということはありません。
それでも具合が悪い時にはなぐさめてくれるのです。

人間だったら仲良しでもない相手に対して、看病なんて絶対しないよね。

猫を飼っている友人も、体調不良で寝込んでいた時に、猫がずっと寄り添ってくれてゴロゴロ喉を鳴らして癒やしてくれたそうです。

また、1匹の猫が3日ほど行方不明になり無事に帰宅した時も、神経質になっていたその猫を残りの猫たちがせっせと舐めて、
なぐさめてあげていたということもあったそうです。

のんちゃんは、わたしが仕事で疲れていると、寝る前に一生懸命顔を舐めてねぎらってくれます。
連勤続きで本当に疲れている時にしかやらないので、わたしが疲れているということをわかってやっているのだろうと思います。

犬猫たちはこのように、人間たちの共感し、疲れていたり具合が悪かったりするわたしたちをなぐさめ、助けてくれるのです。

 

動物たちの行動力を見習おう

動物たちの共感力と相手をなぐさめる行動力には驚きますし、見習わなければならないと思うことが多くあります。

それに対し、わたしたちは苦しんでいる動物たちに共感し、それを行動に移せているでしょうか?

自分が一緒に暮らす犬猫を苦しめていることもあるでしょうし、他人が苦しめていることもあるでしょう。

捨てられていたり、道を彷徨っていたり、怪我をして動けなくなっているところに遭遇することもあります。

そういう子たちを何の迷いもなく助けてあげられる?

全ての苦しんでいる動物を助けてあげることは出来ませんが、自分が手をさしのべてあげられる範囲の動物たちは、
何とか助けてあげられないだろうかといつも考えています。

チョークチェーンでジャークされて苦しそうにしている犬には思い切って飼い主さんにハーネスを勧めてみたり、
劣悪な環境で飼われている犬の飼い主さんには改善を訴えます。

例えそれが出来ないとしても自分に出来ることを少しずつやるだけで、動物たちをなぐさめることは出来るのです。

ちょっと勇気を出して行動すれば、誰でも動物たちにとって「善きサマリア人」になることが出来るんですよ。

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おまけ

わたしがパソコン仕事をする脇で、すでにぐっすり就寝モードな犬たち。

あんたたち見てるとわたしも眠~~~くなってきて、パソコン仕事はかどらないのよ。

昼間も日向で寝てること多くなりましたね。
朝散歩に行ってご飯を食べたら寝て、昼間にちょっと起きてわたしのお昼のおこぼれをもらって寝て、
夕方散歩行ったら夕ご飯まで寝て、夕ご飯食べたら本格的に寝る。

世の仕事人が憧れそうな生活してんな。

犬たちを見てると、わたしももっとまったり生活しなきゃいけないな~と思います。

犬たちから学ぶことは多いですね。
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